リーダーへの一言コラム

あなたを変身させる またとないツール

ミスター・プレッシャーから鉄人へ13)…………………………
 
この小さな喜び、満足の積み重ねこそが
私達をますます「役割」に徹しきるようにさせたのです。
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25年負け続けた負け犬集団の私達広島カープが、
この50年のシーズンに教育を受け意識改革をし、変わりました。
 
今年の広島カープが違うことを回りも認め始めました。
 
そして、ついに私達広島カープは8月に首位に踊り出たのです。
 
しかしここからが大変でした。

私達はこの首位という位置を守りつづけ、
優勝にまで持っていかなければなりませんでした。
 
それは今までに味わったことのない経験であり、
どのように勝っていくのか、
どのように、この首位を守っていくのか、
全く分からない未知のことでした。
 
そこで、必要なこと。
それがチームワークでした。

このチームワークとは何か。
それは「役割」に徹しきるということでした。
 
守っていても、打撃の時も、それぞれ「役割」があります。
打撃の場合でも全員が4番バッターではいけないのです。
1番から9番まで「役割」があるのです。

それを守りきるのです。
 
それは、いかなる場面でも自分の「役割」に徹しきるということです。
 
勿論その場面で自分はこのように打ちたいとか、
このように守りたいとか、
いろいろな気持ちが湧き上がってきます。

しかし、そんな自分の私情よりも、
監督の指揮のもとその「役割」を演じきるのです。
そして「役割」を守りきることにより勝利へと導かれる。
 
そうすると俺のあの時のあのバントが、
あの犠打が勝利に結びついたんだという小さな喜びが湧き上がるんです。
 
この小さな喜び、満足の積み重ねこそが
私達をますます「役割」に徹しきるようにさせたのです。
 
そして、ついに!
それが10月の優勝へと結び付いたのです!
 
ミスター・プレッシャーから鉄人へ14)…………………………
 
優勝したから、笑顔になったのではなく、
優勝を信じて笑顔だったからこそ、優勝できたのです。
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優勝して初めて分かりました。
 
こんな大きな喜びがここにはあることを
こんなに頂上は見晴らしがいいものかと。
 
こんなにも気持ちがいいものかと初めて分かりました。
 
入団して10年知りませんでした。
こんな大きな喜びがあることを。
 
どこの会場へ行っても、
おめでとうと笑顔の洪水です。
 
ルーツ監督が絶えず笑顔でいられるよう
がんばりなさいと言われていましたが、
優勝してその意味が始めて分かりました。
 
優勝したから、笑顔になったのでははく、
優勝を信じて笑顔だったからこそ、優勝できたのだと。
 
その笑顔が本物になりました。

優勝して、ますます笑顔になりました。
どこに行っても、笑顔、笑顔、笑顔、もう笑顔の洪水でした。
 
そして分かりました。
なぜ今まで勝てなかったのか。
 
今までもチャンスはありました。
でも苦しいので、途中で止めてしまったのです。
大事なところで、自分を疑ったのです。
だから、力を発揮できず、

勝つこともできず、
喜びもなかったのです。

そして分かりました。
私にとって大事な言葉が。
それは次の言葉でした。

「おい、衣笠、お前はどうなりたいんだ?
 お前はどういう選手になりたかったんだ」
 
『俺か?俺は…この小柄な俺の打った球が、
 体の大きな選手が打った球よりも果てしなく空間を飛んでいく
 そんなホームランを打てる選手になりたいんだ』
「わかった。それなら、お前はもう、自分を疑っちゃいけない。
 なりたかったら、なれると信じるべきだ。そうでないと話が前に進まない」

『わかった、俺はなれる。…なれると信じる。
 なりたいから、信じる…』
 
ミスター・プレッシャーから鉄人へ-最終回)………………
 
「この23年の野球人生で教わったこと。
 それは人生での基本中の基本でした。
 それは…
 自分が どうしたいかを明確にすることです」
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創立以来25年目にして、
ついに優勝を手にした広島カープは
もう負け犬ではありませんでした。
 
常に優勝を狙えるAクラスのチームとして変身をしました。
 
そして、50年セリーグ優勝時に逸した日本シリーズで、
日本一をとるチャンスが54年のリーグ優勝でやってきたのです。
 
この時のパリーグの覇者は、
以前の近鉄バッファローズでした。
 
そして、そのときの監督は悲運の名将と言われた西本監督。
 
今まで数多くのリーグ優勝をはたしてきた監督ですが
日本一には一度もなっていない監督でした。
 
この時の「奇蹟」を私も当時テレビで見ていました。
 
日本シリーズももつれ、
第7戦の最終戦に持ち込まれていました。
 
そしてこの7戦も、
もつれにもつれ、場面は9回裏。

広島カープがわずか1点のリードで
近鉄の最後の攻撃を迎えました。
 
ここで近鉄がチャンスをつかみ、
なんとノーアウト満塁にねばりで持っていきました。

こうなると誰もが近鉄の逆転優勝を信じるのは当然です。
 
ここで出てきたのが当時のリリーフエースの江夏豊投手です。

いくら江夏投手が出ようと、ノーアウト満塁です。
ふせぎようがないと私も、
この試合を見ていたほとんどの人も思っていました。
 
しかしここで信じられないようなことが起こっていきます。
 
このチャンスに打者の佐々木恭介選手が
最高の三塁を抜けるヒット性の当たりを打ちます。
が惜しくもファールで、最後は三振。
 
ワンアウトで石渡茂選手が今度はスクイズを見破られ、
3塁走者が憤死で2アウト。
 
そして打者の石渡選手もアウト。
 
なんと3アウトになり、ゲームセット!
 
ついに、ついに広島カープは、
この最終最後のピンチを奇跡的な守りで乗り切り、
そして日本一を手に入れたのです!
 
この試合は江夏の21球として、今でも語りつがれています。
それほどの奇蹟を広島カープはやってのけたのです。

この絶対絶命の当時の場面を振り返って衣笠さんは言ってられます。

「すべての人はもうだめだと思っていたかもしれません。
 だけども守っている我々は絶対『勝つ』と信じていました。
 なぜなら勝ちたかったからです。
 勝ちたいのに負けることを考える必要はないんです。
 信じれば結果は必ず付いてくると信じていました」

この時、衣笠さんは江夏投手に、
投球ごとに近寄り励ましていました。
 
入団から10年間、
ミスター・プレッシャーとばかにされていた選手が、
選手達のリードオフマンとして変身していたのです。
 
そしてこの講演の最後に衣笠さんは言ってられます。
 
「この23年の野球人生で教わったこと。
 それは人生での基本中の基本でした。
 それは…
 自分が、どうしたいかを明確にすることです」
 
最後の最後に、もう一度、この言葉を思い出しましょう。
 
「おい、衣笠、お前はどうなりたいんだ?
 お前はどういう選手になりたいんだ?」
 
『俺か?俺は…この小柄な俺の打った球が、
 体の大きな選手が打った球よりも果てしなく空間を飛んでいく
 そんなホームランを打てる選手になりたいんだ』
 
「そうか…じゃなりたいなら、信じろ。信じなければ始まらない」
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■青木毅談
 
15回の衣笠選手のお話はいかがでしたでしょうか。
 
本来は18回。
3回ほどはカットしましたが、
やはり15回の長きメールになってしまいました。
 
「青木毅談」で私のことを書かせていただきましたが、
当時の私の状況がこの衣笠選手のお話と非常にリンクしました。
 
当時のメルマガ「情熱思考」にも
このメルマガは3回ほどリバイバルとして、
登場させました。
 
なぜなら、それほど、
私自身がこのお話に感激し、
勇気をもらったからなのです。
 
「ミスター・プレッシャーから、鉄人へ」
 
「人は変わることが出来る!」
 
まさにその変身の姿を見て、
私自身も変身させてきました。
 
そして、営業の世界なら、
この質問型営業はあなたを変身させる
またとないツールになるでしょう。
 
「キープオンゴーイング!」
 
これは、前回のメールの聖路加病院院長の日野原重明先生のお言葉です。
 
「お互い死ぬまで変身続けましょう!」
 
最後に今回の多大な勇気と希望を与えていただいた、
元広島カープの故鉄人故衣笠祥雄選手に心よりお礼申し上げます。
 
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